ミンジン到達せず

 16日の朝は、南ゴビのダランザドガドのホテルでむかえた。空は晴れているが、風は強く体感温度は低い。お湯のシャワーが出ないので、水で頭の髪を洗い、髭も剃った。ホテルのレストランで4人で朝食をとった。昨晩車で寝たサンペルガバの話では、外はとても冷えたそうだ。

 朝食を終えたころ、ひとりの日本人の青年がレストランに入ってきた。彼は学生で、ゴビが見たくてひとりでモンゴルに来たと言う。ウランバートルからは週2回ほどの飛行機の便があり、観光客はそれを利用してこの町を訪れる。

 彼はこのホテルで知り合ったモンゴルの青年と、今日ヨーリンアム(鷲の谷)までサイクリングすると言う。ヨーリンアムはダランザドガドの南約70キロにある渓谷で、夏でも雪渓が見られるところである。ヨーリンアムまでサイクリングとはいかにもモンゴル的である。

 午前中、トゥンバイヤーはウランバートルに電話連絡をとることに成功した。我々はミンジン教授を待つあいだ、ホテルのすぐ近くにある博物館を見学した。そこは中国風の2階建ての小さな建物で、前庭には珪化木が置かれ、「世界人類が平和でありますように」という日本語で書かれた柱まであった。入口にいた中年の女性が博物館の中を案内してくれた。ちょうど行き会ったアメリカ人の女性とそのガイドとともに、私たちは見学した。

 1階はゴビの自然がテーマで、気候や地質、動植物の展示があり、恐竜の化石もいくつか置いてあった。2階は、歴史や民族、仏教関係の展示があった。写真を撮ろうとしたアメリカ人の女性は撮影料を聞いて、それがあまり高額なので怒っていた。

 博物館を出て、買物をしようと店に入るが、食料品がほとんどない。ホテルに帰る道すがら博物館の前を通ると、博物館はすでに閉まっていた。

 ホテルに帰ってミンジンを待つあいだ、私は英文で書かれたポーランドーモンゴル恐竜発掘調査隊の調査報告書を読むことにした。この報告書には、これから訪れるバヤンザクや今回はあきらめたネメグト盆地の地質や化石の詳細な記載がなされている。ポーランド隊のすばらしい記載に感動しつつ、私はこれを集中して理解することができた。

 午後3時までミンジンを待って、来なかったら我々だけで出発する予定にした。3時をすぎたころに、トゥンバイヤーがミンジンからの手紙を握りしめて室に入ってきた。郵便局にとどけられたその手紙によると、トラック1台で調査中のミンジン隊はここの300キロ手前のところでトラックが故障して、結局我々と合流することが不可能になったという。

 ミンジン隊と楽しい旅ができると期待していた私はがっかりした。しかし、ミンジンは恐竜化石産地についてのメモを同封してくれていたので、これを参考にして我々は独自でこれからの予定を立てることにした。そして、午後4時前にホテルを出て、この町の北東にあるツォズムオボーという村に向かった。

  1. ミンジン到達せず
  2. ラジオジャパン
  3. ズーンバヤンとバルンバヤン
  4. ソガラ氏
  5. ウラン山
  6. 病院のないゴビ
  7. 羊の解体
  8. 砂漠
  9. 大国の独善主義
  10. 炎の崖
  11. 恐竜の絶滅
  12. 泉のある村
  13. 恐竜化石の発見
  14. オーシ山

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