ラジオジャパン

 ゴルバンサイハン山地の東端の北側にあるダランザドガドから盆地をこえて、その北側の山地の東側の縁を通り、北東に向かう。そのあいだ、電信柱沿いの道を通って行く。そして山から平原盆地に出る。

 馬とラクダがいる。そろそろビールタイムなので、キャンプ地を探す。少し風がある。午後6時半にキャンプ地を決めた。目的の村の手前30キロのところである。この付近には、バインシレ層の礫岩が出ていた。

 午後8時ころからはじまった夕食は、いつもと同じ肉入りの野菜スープにご飯とパンである。つけ合せにキュウリやトマト、麺、缶詰などがテントの中の食卓をかざる。アルミのボールいっぱいに注がれた熱いスープをさましながら少しいだたき、ご飯や麺をその中に入れて食べる。したがって食器はひとつですむ。空気が乾燥しているので、パンはカビないかわりにコチコチに硬い。食事のあとは紅茶が出るが、そのままアルヒ(ウォッカ)かシミンアルヒで晩酌がはじまる。男連中が飲みながら話をしている間に、サンペルガバは食器を洗い、かたずけをする。

 彼女は鍋に湯を入れて、その中に食器をつけ油を落す。そのあと水を注ぎ洗剤を少し入れて、その水ですべてを洗う。最後に私のもってきたウェットティッシュできれいに食器をふく。ウェットテッシュは彼女にはたいへん重宝がられた。

 食事の支度は、彼らの用意したソ連軍の小型ストーブと私の持ってきたコールマンのコンパクトストーブで湯を沸かしたりスープを煮たりした。コールマンのストーブは、彼らのいうハイオクガソリンで使用可能で、ソ連製のものより調子が良かった。

 一日の生活に必要な水は、スープやお茶、それに食器を洗うのに使うだけで、それほど多くない。10リットルの水はおそらく2〜3日分になるだろう。これまでの行程では少なくも2日に1回は井戸で水の補給ができたので、水にはまったく困らなかった。また、飲料用にはミネラルウォーターやジュース、ビールでほとんど事足りていた。私自身が洗顔や歯を磨くための水は、前の日の朝にサンペルガバに頼んでポットに入れておいた余り湯を使っていた。

 夕食のころになると風がなくなった。酒を飲みはじめるころになるとまわりはまっ暗になり、冷えてきた。テントは電池ランタンで明るく、東の空には月が出ている。

 ウッジーが電池ランタンを見ながら、
「モンゴルの冬は寒く、とくに2月には羊の出産がある。夜中に産み落とされた羊の赤ちゃんはそのままだと死んでしまうので、夜中に見張りに出る。そんな時には懐中電灯がなくてたいへん苦労する。こんな明るいランタンがあればみんな助かるのに。」
 と、語った。

 トゥンバイヤーはラジオを出してきて、ニュースを聞きはじめた。ロシアや北朝鮮の情勢をやっているらしい。モンゴルはロシアと中国にはさまれた国で、ロシア情勢によって国内の生活が大きく左右されるので真剣である。私も自分のラジオを出して、ラジオジャパンの短波放送にセットした。

 ラジオジャパンではニュースではなく、西武ーオリックスの野球中継をやっていた。日本は変わりないということと、日本は平和すぎる国だということを痛感した。

  1. ミンジン到達せず
  2. ラジオジャパン
  3. ズーンバヤンとバルンバヤン
  4. ソガラ氏
  5. ウラン山
  6. 病院のないゴビ
  7. 羊の解体
  8. 砂漠
  9. 大国の独善主義
  10. 炎の崖
  11. 恐竜の絶滅
  12. 泉のある村
  13. 恐竜化石の発見
  14. オーシ山

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