| ソガラ氏 |
ソ連隊やポーランド隊が車で到達できなかったという、アラグ・ウラウ・ツァフへ向かう。西に見えている赤い山地(ウラン山)が目的地である。山地前面の麓が広域にラクダのコブ状に激しいギャップになっていて、車で近づくことができない。 この山の手前にゲルがあったので、そこで山への行き方を聞くがはっきりしたことがわからない。ただそこの老人は、 空の雲が晴れ、快晴になった。我々は山の南側を迂回しながら、小さな湖に沿って低木の多い荒れ地を進み、山地に近づいて行った。砂に埋まった川の跡で、ニバの右後輪が砂にはまってスタックした。タイヤに板をかませて、ウッジーと私が後部のバンバーに乗ってやっとのことで深い砂からぬけ出した。 山に近づくと、そこにはギャップの深い罠が大きく口を開いて待ち受けていた。そのギャップの中に一度入り込んだらぬけ出せない。ギャップをさけて進むが、時間の割に前進しない。 午後六時、我々は少し後退して、これからどうしようかと途方にくれていた。その時、トゥンバイヤーは谷を越えた南側の尾根に白い馬に乗ったひとりの牧人を発見した。
「ソガラだ!」 急いで車で谷を降りて、南側の尾根に登り、その牧人のところに行った。ソガラ氏は、背の高い厳強な体つきで勇敢な顔だちをした人だった。 トゥンバイヤーと彼は、手にキスをしあい、嗅ぎ煙草の交換をして9年ぶりの再会を喜び合った。彼は、我々を目的地まで案内して、さらに恐竜化石のある場所を教えてくれると言う。ただ、外国人には彼らの発見した最もすばらしい化石のありかを教えられないと言う。私は合意した。
夕食後、我々は全員でゲルを訪問した。このゲルは直径が4メートルほどの夏用のもので、ソガラ氏の姉妹とその子供たちも集まって夜遅くまで楽しい酒宴がつづいた。 私はソガラ氏にモンゴルのジャンケンを教えてもらった。親指は子指以外の指に勝ち、小指は親指には勝つが他の指には負けるというもので、二人で声を出して指を出し合う。負けた人は酒を飲まされるので、なれていない私には不利だった。そこで私は、彼らに日本のジャンケンを教えた。 ソガラ氏は喜んで、 |