オーシ山

 午後5時すぎに、ツグリキンシレを出発して、北西に向かった。途中、赤い花崗岩の山を通った。いくつものおかしな形に岩山が風化して残っていた。その中にまるで人が造ったような恐竜の形をした岩山もあった。

 山を下ると、我々の向かう北東側の空には黒くて低い雨雲が待ちかまえていた。雨も降り出してきた。ニバのワイパーは動かなくなった。小さな村があったので、雨をしのげる小屋を探すが、無駄だった。

 午後7時をすぎたが車の外は雨と風が強い。ゲルで道を聞き、北へ向かう。午後7時半に雨も小降りになり、適当な場所を探してキャンプの準備をした。

 北に見える山地の頂には雪が降っている。天気は回復してきたが、寒い。夏から突然冬にきた感じがする。テントをはり終えて、ラジオジャパンのニュースを聞くと、イチローが200本安打を達成したというのがトップだった。日本は本当に平和だ。

 21日の朝、起きるとテントに霜が降りていたが、昨日とちがい天気は快晴である。今日は北に上がり、プシタッコサウルスの産地であるオーシ山をめざす。これがこの旅での化石産地最後のステーションになる。

オーシ山  草原の台地を行くと、その北側に赤い地層の露出が広範囲に見える。どこに行ってよいかわからなかったが、急斜面の谷を下り、崖の近くに出た。崖の上部に玄武岩の溶岩が1枚はさまれていて、それがまるで鉢巻のように崖の上部に突き出ている。ここの地層は、赤い砂岩層と白い粘土岩層がほぼ水平にくりかえして重な合っている。これらはおそらく、浅い湖のようなところに堆積したのだろう。

 崖に沿って先に進むと、崖はどこまでもつづいている。崖の上部の溶岩の鉢巻もほぼ水平に見わたせる。見た限りで10キロ以上あるだろうか、奥にもつづいているのでどれくらいの範囲かわからない。赤と白の縞模様とその上部に鉢巻のように突きだした玄武岩の溶岩が印象的である。

 この地層は、白亜紀前期のツァガンツァフ層ないしシノホト層に対比されるという。岩の間にひそむサソリとヘビに注意して、溶岩のところまで登って地層の観察と化石の探査をしてみたが、山の上に登るとさらに広大な景色が眺められ、その広さに圧倒されてしまった。

オーシ山からの風景  山から降りてきて、私はトゥンバイヤーに、
「地層の露出があまりにも大きすぎて、それに対してプシタッコサウルスはあまりにも小さすぎて探しきれなかった。」
 と、言い訳をした。

 昼食をとり、いよいよ出発することになった。トゥンバイヤーは、
「ここが我々の地質見学の最後の地点です。これからハラホリンに寄って、一路ウランバートルに向かいます。」
 と、私に確認した。

「もう最後になってしまった。」
 と、私はこの調査旅行があまりにも短かったような気がした。

 天気は快晴、そこにはモンゴルの青い空、「Mongolian blue sky」が広がっていた。オーシ山の水平な縞模様の崖はどこまでも台地のへりを飾っている。私は本当に青い青空を眺め、それに向かってカメラのシャッターを切った。

  1. ミンジン到達せず
  2. ラジオジャパン
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  6. 病院のないゴビ
  7. 羊の解体
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  10. 炎の崖
  11. 恐竜の絶滅
  12. 泉のある村
  13. 恐竜化石の発見
  14. オーシ山

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