ミドルゴビ 

 午後3時半、気温27度、湿度14パーセント。少しのんびりしすぎた。

 私たちは西側に南北にのびる白い花崗岩の山並み(ゾルゴハルハン)を見ながら、草原を揺られながら時速50〜60キロで快走する。

 太陽が正面から照りつけ、緑がまぶしい。草原には起伏はあるもの、川はなく、泥のぬかるみなどほとんどない。車は土埃をあげて、草原を南へと走る。前年の旅では、私たちはまず東ゴビに向かったために、ぬかるみや川があり、ぬかるみでのスタックや渡河で苦労した。しかし、今年はその心配がない。

 これがミドルゴビだ。トゥメンバイヤーは、車のカセットでミドルゴビの音楽を聞かせてくれた。透きとおるような声で、どこまでもとどくような音楽である。

 東側と西側に山地があり、私たちはいつのまにか広い盆地の中央を走っていた。モンゴルの中央部から南部にかけての地域には、古生代や中生代前期の地層や岩体からなる山地の間に、中生代後期に砂や泥が厚くたまった広大な平原盆地(デプレッション)が発達している。そして、その境界には断層やそれに沿って玄武岩などの貫入岩脈が分布する。その岩脈には金や蛍石などの金属鉱床がともなわれる場合もある。私たちは、このような山地と平原盆地を何回も越えて、これから旅をして行くことになる。

 車はやがて平原盆地の東側によって、ゆっくりした斜面を登りはじめた。まるで環状列石のように花崗岩が地面から頭を出している草原や城壁のような花崗岩の壁がある。道を横切り黒い玄武岩の貫入岩脈体の直線状に突き出た岩がある。ガタンと車が揺れる。

 ゲルがある。ゲルは、モンゴルの人たちの丸いテントのような住まいである。モンゴルの遊牧民は、この風通しのいい暖かくて移動に容易な住まいを好み、固定された家(バイシン)を好まない。

 「このゲルでアイラグを分けてもらおう。」
 トゥメンバイヤーが言った。そして、車を止めて、彼はポリタンを持って、ゲルに向かった。

 アイラグとは、いわゆる馬乳酒であるが、酒というよりも馬のミルクを発酵させた乳酸飲料といったもので、モンゴルの遊牧民のミルクや飲料水のようなものである。トゥメンバイヤーたちは、彼らが飲むためのアイラグを現地調達して帰ってきた。

 ゲルのまわりには子供たちが遊んでいて、車から降りた私たちに好奇なまなざしを向けていた。ゲルにつきものの黒いモンゴル犬が車に近づいてきたが、子供が駆けてきてゲルの方へつれて帰った。

 ゲルの屋根には平たい木の箱にひろげられたアーロール(干しヨーグルトの白い塊)が干してあった。少し離れて馬が何頭もつながれていた。

 午後5時を過ぎたが、休む回数が多かったり、時間にルーズだったことから、今日のキャンプ地まではまだ相当の距離があった。花崗岩の山地の縁に貫入岩脈が多数みられる。幅のせまい平原盆地に入り、村がある。緑のジープがガソリンスタンドによって給油する。

 貫入岩脈とは岩盤の亀裂や断裂にそってマグマが貫入したもので、その部分は岩石がまわりの岩石より硬いため、直線状の突出た地形をつくる。そのため、貫入岩脈は地下水を止めて、地下水位を高める。そのような場所の低地では、泉や井戸があり、人が住みつき、村ができる。

 モンゴルの遊牧民は水をそのまま飲料水としては利用しないが、生活用水や家畜の飲み水として利用する。そのため、水場の近くにゲルを張る。ゴビでも平原盆地の中央などの低地には湿地や井戸が、20〜30キロ走るごとにある。

 さらに、平原盆地を下る。荒涼とした風景が車窓にひろがり、流れていく。2日前まで、日本にいたのが信じられない。

 水たまりのような小さな湖がいくつかあるところを通る。変成した花崗岩からなる山地側に入ると、ガタガタ道で運転しにくく、時間のわりに距離をかせげない。

 「Too wide, too wild !」
 トゥメンバイヤーがつぶやいた。すでに、時間は午後7時をまわっている。

 少し前のところで道を間違えたらしく、戻ってさらに山側に入る。ヤブの中を分け入るようにして、ようやく岩山の麓で車は止まった。
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