博物館でなぜ研究が必要か

柴 正博

静岡県立自然系博物館推進協議会連絡紙 1998年5月


はじめに

 3月14日の静岡県立自然系博物館設立推進協議会の総会で、静岡県企画課長の谷氏から個人的な考えとして、自然系博物館構想の現状についてのお話がありました。その中で、氏は博物館の機能について、@興味の入口、A興味を広げる、B研究の3つをあげられました。そして、Bの研究については自分自身十分に理解していないとして、「博物館になぜ研究が必要なのか。」、「博物館になぜ学芸員が必要なのか。」という疑問を述べられました。また、博物館の展示を教師と展示業者で完成させたどこかの博物館の例を出され、「博物館においては専門性よりも浅くて広い知識が必要であり、学芸員はいらないのではないか。」という考え方も述べられました。

 このお話に対して、静岡大学の池谷先生がすぐに反論され、博物館における専門学芸員の必要性を述べられました。私は博物館の学芸員として、池谷先生の意見について補足させていただこうとしたのですが、その時は時間の都合からできませんでした。そこで、この誌上において、博物館での研究の重要性と学芸員の役割について述べたいと思います。

 当日の特別講演会では、日本でも先駆的な地域の自然史博物館であり、その活動を50年も続けられてきた大阪市立自然史博物館の宮武館長の講演がありました。それをお聞きになられた方々は、すでに自然史博物館の研究活動や学芸員の役割の重要性について十分にご理解いただけたと思いましたが、私たちが博物館の活動や学芸員について、さらに共通の認識をもつためにも、私の意見を述べたいと思います。


博物館とは何か

 谷氏のお話から、氏の考えられている博物館は、どうも教育施設ないし公共のレジャー(余暇活用)施設と思われます。日本における博物館は「展示館」ないし「普及教育施設」としてはじまったために、利用する側に主体のある「施設」と考えられがちです。県としても、「県民の税金でつくるのだから、県立の博物館は県民が教育を受けたり、余暇を過ごすために『利用する施設』をつくることは当然。」という考え方が強いと思れます。

 しかし、博物館の機能には教育施設やレジャー施設という側面だけでなく、それが地域の自然を対象としたものならば、地域の自然環境の総合的な情報の収集機関であり、その資料研究センターとういう役割をもちます。そして、博物館の機能という点から考えると、博物館はその役割を果たすために活動する「機関」であり、利用者のための「展示施設」はその一部にすぎません。

 博物館法には、「『博物館』とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(社会教育法による公民館及び図書館法(昭和25年法律第118号)による図書館を除く。)のうち、地方公共団体、民法(明治29年法律第89号)第34条の法人、宗教法人又は政令で定めるその他の法人が設置するもので第2章の規定による登録を受けたものをいう。」と博物館を定義しています。博物館法では博物館をきちんと、「これらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」として扱っています。

 博物館は教育機関の役割もありますが、博物館は教科書や図鑑にのっている既知の知識を来館者に教えてあげる場ではなく、来館者が実際の「もの」に接して体験しながら感動とともに学び、興味をもって調べる姿勢を学ぶことのできる場です。博物館側が「もの」についての既知の情報を知っているだけでは、その「もの」について人を感動させることはできませんし、興味をもたせることもできません。その「もの」について、もつともわかりやすく語ることができるのは、その「もの」を実際に研究している人(学芸員)であり、博物館はそのための機関です。

 「研究は大学や研究所でやればいいではないか。」という意見があるかもしれません。しかし、その地域にある大学の先生がその地域の「もの」の研究を目的にしているとは限りません。また、大学は学生を対象とした教育機関で、その地域の地域の人々を対象としていません。地域の博物館および博物館活動というのは、その「もの」を直接調査・研究して、それを整理・保存・管理・展示(公開)して、地域の人々に利用してもらう事業全般です。地域の博物館は、できれば地域の大学とリンクしたり、地域の研究機関、教育機関、行政機関とリンクすることができれば、より立体的な活動を展開できる機関となるでしよう。


学芸員はなぜ必要か

 博物館の学芸員は、「もの」を調査・研究して、それを整理・保存・管理・展示(公開)して、多くの人々に利用してもらうための事業を行う博物館の専門職員です。博物館法では、学芸員について、「博物館に、専門的職員として学芸員を置く。学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる。」とあります。博物館に学芸員はなくてはならないもので、さらに「専門的事項をつかさどる。」と明示しています。

 博物館はものを研究する機関でもあると述べましたが、その意味で博物館の学芸員は「もの」についての研究の専門家でなくてはなりません。それも専門分野の学術論文を書いている第一線の研究者でなければなりません。すなわち、博物館が「もの」を展示するとき、その「もの」についてもっともよく調べていてよく知っている人が学芸員になるべきなのです。博物館の内容は展示している「もの」に左右されますが、それはむしろその「もの」を展示する「学芸員の質」によって左右されます。すなわち、博物館の展示や活動は学芸員がどのような研究をしてどのような活動をしているかによって決まります。

 学芸員は研究者であると同時に、その「もの」についての普及教育者でなくてはなりません。「研究だけをしている研究者」や「研究ができない教育者」は、博物館にはいりません。

 研究者は、専門がたとえば地質学の中でさらに細かな化石層序学を中心に研究していたとしても、地質学全般に対してその時々の総合的な知識と考え方、人的なネットワークをもっています。そのため、地質学の他の分野の問い合せに対しても十分にカバーできます。

 博物館では、「もの」に対しての調査・研究、整理・保存・管理、普及・展示・利用対応などの活動のすべてを学芸員がすることと、人手不足で博物館の事務的な雑務などに追われて、日本の学芸員はよく自分たちのことを「雑芸員」などと呼びます。欧米の博物館では、それぞれの仕事を研究員、収蔵管理員、展示専門員、教育員などと、それぞれの仕事を分業するシステムなっているとところがあります。

 学芸員が学芸員としての活動を行うためには、欧米の博物館のようにそれぞれの仕事を分担しながら、それぞれの業務に適した形で博物館活動を遂行することが必要です。しかし、研究だけの学芸員、収蔵管理だけの学芸員、展示だけの学芸員、教育・普及だけの学芸員というように完全に分業にしてしまうことは、博物館の活動にとってよくないと思います。なぜなら、上のそれぞれの学芸員は、それぞれが単に研究者、収蔵管理者、展示製作者、教育者であって、博物館の活動を総合的に行う学芸員にはならないからです。


県立自然史博物館の役割

 県立レベルの自然史博物館の役割りを私は、その地域の自然の姿を記録し、その姿やおいたちについて地域の人たちとともに調べ、地域の自然のありかたを語るところと考えます。人工改変による自然環境の変化が激しい今日、地域の自然の状態をきちんにとモニターすることは大変です。たとえば、数10年前と現在では身のまわりの自然が大きく変化したことを多くの人が感じているものの、どこがどのように変化したのかを具体的なデータをもって示せる人や機関がどれだけいるでしょうか。

 自然現象はいろいろな原因が絡み合って起こります。ですから、自然環境の把握と管理、すなわち私たちの生活環境の管理をするために、地域の自然の状態をつねにモニターする必要があります。そうしなければ、私たちはまったく自然現象や自然環境の変化について具体的なデータを持たないことになります。たとえば、自然災害や公害などによる環境悪化などが起こっても、それまでの自然現象や自然環境の変化について具体的なデータがなくてはその原因を科学的に調べたり、自然現象の経緯と将来予測をトレースすることは困難です。現在、自然環境の状態を把握するような仕事は、誰が行っているのでしょうか。県には、どれだけのデータが蓄積されているのでしょうか。

 上部構造にはかならず下部構造があり、下部構造と分離した上部構造は存在しません。すなわち、地域の自然環境の上に私たちの生活があるのですから、自然環境の姿や仕組みについての理解なくして、生活(政策判断)をすることは自然環境と私たちの生活にいろいろな歪みや問題をもたらす結果となります。

 また、このような仕事は地質や動・植物などの専門的な分類学的な研究手法が基礎となり、現在このような仕事のできる人がどれだけいるのでしょうか。そのために、県立レベルの自然史博物館は、地域の人々の生活や地域の自然環境を管理するための基礎資料を収集し、管理するという大きな仕事をもっていると考えます。この仕事は、ひとつの機関や個人でできる仕事ではなく、地域の人々の協力や研究への参加が必要です。そのために、博物館ではこれらの研究とともに、その成果を展示・公開して、普及教育活動を行う中から多くの協力者を得る必要があります。そして、博物館を地域の人々に開かれた研究・教育の場として提供し、活動の展開をはかるべきと考えます。

 博物館の調査・研究活動に関しては、研究者や学生だけでなく、地域の人々も含めた活動が展開できるのが博物館の特徴です。最近では、博物館の展示や教育活動にも市民の協力を得て行っているところも少なくありません。いわゆる共同研究者やボランティアにあたりますが、共同研究者やボランティアは博物館にとっての無償のアルバイト(労働者)ではなく、博物館活動の協力者であり、支援者です。

 以前に、「博物館はコングロマリット(複合組織体)だ。」と書きましたが、縦割りの日本の行政環境では博物館の幅広い活動は、縦割りに対して「横割り」になり、なかなかなじまないかもしれません。しかし、地域の人々のための研究・収蔵・教育機関ではある博物館には枠は最初からなく、さらに研究者や地域の人々もまきこんで立体的、そして地域にとどまらず世界的(グローバル)というように発展します。その意味で自然史博物館の学芸員は、自然の「もの」に対しての専門家(研究者)であることはもちろん、教育者であり、活動のリーダーやマネージャーでなくてはなりません。

 せっかく静岡県で自然系(?)の博物館をつくるのでしたら、まず博物館のドメイン(目的や活動)を明確化にして、そのための組織や機能、そして専門分野と人材、すなわちソフトの検討が充分に行なわれるべきと考えます。建物や展示などのハードは、あくまでも二次的なものです。世界的には、建物や展示のない博物館はあっても学芸員のいない博物館はありません。できれば、「浅くて広い知識を展示するだけの博物館」ではなく、「専門性を生かした独自の活動を展開できる機関」としての博物館ができることを望みたいと思います。


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最終更新日: 00/04/27

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