博物館資料論

柴 正博

東海大学海洋学部 博物館資料論テキスト


U. 博物館資料

1. 博物館資料とは

 青木(1999)によれば,博物館は専門領域とする範囲内の多くの博物館資料を基礎として,各博物館が収蔵する独自の資料を媒介としてその活動を行うとしている.さらに,博物館資料には以下のものがあるとしている.

  1. その博物館の収集理念に基づき収蔵された資料
  2. 博物館の主たる機能に積極的に関与した資料
  3. 博物館学的取り扱いが加わった資料
  4. 博物館学的資料


 資料が含む情報を抽出することが博物館の研究であり,特に各分野に限定せずに,あらゆる学問領域から総合的(学際的)に情報を抽出することが本来の博物館の研究方法である.そして,それがなされたものが本来の博物館資料である.

 博物館資料は,博物館という研究機関において収蔵保管され,研究された,もしくは今後も断片的に研究対象となりうる要素を含むものである.博物館資料には,実物資料と間接資料がある.実物資料(一次資料)は実物そのものであり,間接資料(二次資料)は一次資料を何らかの技法で「記録」することにより発生した資料である.間接資料には,複製,模造,模型・模写,写真,拓本,実測図,文字記録などがあり,解説パネル類は博物館資料には含めない.

 資料の価値について青木(1999)によれば,絶対価値と創造価値に分けることができるとしている.絶対価値とは,美術的,伝統的価値とそこから派生する経済的価値,文化財としての希少価値であり,人文系の博物館資料では学術的価値が一般的な資料価値となる.歴史資料と美術資料の多くは,希少価値を根本的に有する資料類である.創造価値とは現在創造されているモノの価値であるが,それには希少価値は乏しいが,収集後に資料としての価値が導き出せるものがある.

 価値とは,社会生活(実践)そのものの中で検証されていくもので,流動的で人為的である.そのため,現在価値が低くても将来価値が認められるものもある.また,資料が複数になることによって,情報が増加する価値を相互価値と呼ぶ(青木,1999).

 その例として,1877年に大森貝塚を発見したE. S. Morseが,その当時の日本の陶磁器や民具,生活雑貨まであらゆるものを収集し,さらに住居や服飾などをスケッチ,図面や写真で記録した「モースコレクション」があげられる.このコレクションは,モースが館長を勤めたアメリカボストン市のピーボディー博物館に保存されているが,当時の日本人の生活にかかわるほとんどすべてのものが保存されているために,現在では当時の日本人の生活を知る貴重な資料となっている.それらは断片でなく,完全なる集合として遺存するため価値が高い.


2. 一次資料と二次資料
 
 博物館の資料はさまざまなものがあり,それらを分類すると実物資料である一次資料とその記録にあたる二次資料(間接資料)がある.これらの詳細について,ここではおおむね青木(1999)にしたがって記述する.

2-1. 一次資料

 一次資料とは実物資料そのものであり,製作資料と標本資料に分けられる.人文系のものとしては人類の文化活動に関する資料にあたり,自然系のものでは自然界に存在する事物と現象,理工系では理化学・工学・産業技術資料である.

 一次資料には,材質・形状が乾燥などにより変化するものを資料化のための保存処理された実物資料も含まれる.資料の保存処理としては,含浸処理(ポリエチレングリコールやバインダーなどを使用)や剥製,液浸などがある.

 また,一次資料には,一次製作資料と一次標本資料がある.一次製作資料には,実物製作資料と情報製作資料があり,それらは以下のようなものである.二次資料は実物の客観的記録であることから,これらは記録ではない創作物であるため一次資料に含まれる.実物製作資料と情報製作資料には,以下のものがある.

  1. 実物製作資料:生きものの増殖,美術品の創作,製品の製作.
  2. 情報製作資料:研究の成果に基づき描かれた復元図・推定図・予想図,映像,論文など文章.



 一次標本資料,すなわち標本は,同一物が数多く存在する一群から一部を抽出したものであり,いわゆるMatherから取り出したSampleにあたる.標本は自然科学の分野では,研究結果や種の同定などを保証する重要な証拠物であり,標本は集団であることにより種や種類の多様性または個別性を認識する証拠として資料価値を有する.また,標本はそのままでは保存や研究ができないものや,腐敗や破損してしまうものがあり,そのため個体もしくはその一部に保存や研究のための処理をほどこしたものがある.

 一次標本資料(標本)は,保存や研究のための処理の施し方により,以下のように分類される.

  1. 普通標本:実物そのままで,何もとりたてて処理はしないもの.
  2. 乾燥標本:実物を乾燥させた標本または乾燥した標本(図2-1).
  3. おし葉標本:植物や海藻などの標本で(図2-2),広義の乾燥標本.
  4. 剥製標本:内臓や肉を除去し皮膚のみに防腐処理を施し外形を保存した標本(図2-3).
  5. 液浸標本:乾燥標本に適合しない硬い外皮をもたず腐敗しやすい魚類などの資料に施される.瓶などに5〜10%のホルマリン溶液または70%のアルコール溶液を入れて資料を浸し,密封する.溶液の交換と収蔵管理など取り扱いに手間がかかる.
  6. 埋没(封入)標本:樹脂の中に資料を封入する標本(図2-3)で,乾燥した資料から乾燥標本に適合しない資料まで施されるが,処理に手間がかかり資料を取り出すことが困難な場合もある.
  7. 樹脂浸透標本:資料に樹脂を浸透させた標本で,人体に施したプラスティネーションなどもある.
  8. 遺構移設標本:遺構などを保存可能な場所に移設した標本.
  9. 土層剥ぎ取り標本:土層や地層に直接接着剤のついた布で覆い,そのものを剥ぎ取った標本(図2-4).
  10. プレパラート標本:顕微鏡観察資料として,対象資料の一部または全体,集合をプレパラート上に保存した標本.


2-2. 二次資料

 二次資料とは,一次資料を客観的に記録した「もの」であり,二次製作標本として以下のものがある.博物館による調査・研究活動は二次資料を発生させることから重要で,博物館における研究活動の欠如は博物館資料価値の低下に直結する.そのため,「研究のない博物館は博物館でない」とも言える.

  1. 複製:平面的な資料の模倣したものを意味し,立体的なものは模造という.
  2. 模造:実物から型取りまたは計測して立体的な同一の形に真似たもの(図2-5).模造の目的は保存・研究・展示に利用するためであり,最低3点必要である.
  3. 模型:縮尺が選択でき,推定や復元もでき,一次資料に含まれるものもある.
  4. 模写:剥落模写と復元模写がある.
  5. 拓本:歴史資料に対して損傷を与える場合があり,直接法は試みてはならない.
  6. 実測図:実測して作成した図で,最近では3Dレーザー計測により3D映像化できる.
  7. 写真(ハードプリント):客観的記録で,絵画などでは色彩を同じにする必要がある.
  8. 映像:静止映像と動態映像
  9. 文字記録:文字によって資料を記録したもの.推定や創作を排除した記載である.


 二次製作資料を複合した二次複合製作資料には以下のものがある.

  1. パノラマ:360°の背景を有した大規模な展示装置
  2. ジオラマ:透視画法的に視点を1点に定めて遠近感を発生させたもの(図2-6).


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最終更新日: 2010/09/30

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